いつもクローゼットの一番前にあるインナーを。
デザイナーのインナーへの真摯な想いがカタチに。〜デザイナーと担当者が語る。cohanとma.to.waの誕生秘話〜
つい手に取ってしまう。
着心地、カッティング、扱いやすさの
3拍子揃ったcohan。
―cohanの立ち上げは?
松本:cohanの立ち上げは2014年。“ユニセックスのワンマイルブランド”というコンセプトでスタートしました。その後2016年、当時のヨガブームに合わせてレディースに絞り、ヨガウェアをメインにリニューアル。その時に惠谷さんに入っていただきました。
ブランド名のcohanは「湖畔」。湖のほとりにいるような心地よさを感じる、暮らしに寄り添ったものというのが基本的なコンセプトでした。そんなイメージにピッタリだと思ったのが惠谷さんでした。デザイナーとしての経験値の高さはもちろんですが、惠谷さんのナチュラルな表現力に惹かれて、ぜひ一緒に組みたいと思ってオファーしました。
惠谷:お声がけいただいて、ヨガ用のブラとレギンス、行き帰り用のウェアを作って、2017年から販売しました。当初はなかなか日の目を見なかったんです。たまたま私が自分のアトリエに大切に飾っていたところ、スタイリストの伊藤まさこさんが気に入ってくださり、有名サイトの「ほぼ日刊イトイ新聞」(通称:ほぼ日)で取り上げてくださったんです。
そうしたら急に人気商品に。「ほぼ日」効果はすごかったですよね。
松本:そうでしたね。その後、2019年にもう一度リニューアル。ここで現在の商品スタイルになりました。もちろん惠谷さんに入っていただいて。これもまた「ほぼ日」で扱ってもらって、出せば2、3日で売り切れてしまう状態でした。
―cohanのリニューアルに参加した際のお二人の想いは?
惠谷:私のオリジンは、「いつもこればかり着てしまう」という商品を作ること。しかも洗濯機で洗濯ができ、アイロンがけがいらない。ここが重要なポイントです。この私のオリジンを、糸の段階からちゃんと叶えてくれるのが豊島さんなんです。
豊島さんは長い歴史のある老舗繊維商社で、素材から開発できることが私にとっては最大の魅力です。さらにパターン、デザインまで一貫して任してもらえるので自由に表現できる。
あらためて考えると、豊島さんって商社っぽくないですよね(笑)。
松本:確かに商社が独自のブランドを立ち上げるのは珍しいですね。ブランドを立ち上げ、その価値や想いがマーケットと一致して広がっていくものを作る。そういった意味ではメーカーに近いですかね。決して価格が安いものではありません。安く手軽に、そして大量に作れるものではなく、いいものをきちんと作るということを突き詰めていきたいというのが、cohanに込めた私の想いです。
―デザイナーとしてこだわった部分は?
惠谷:まず綿に関しては、スマイルコットンという、普通の綿とは全く違うふんわりとしたとても柔らかな糸を使っています。綿花を紡いで糸にする段階で特殊な加工を施すのですが、この糸を使ってストレッチ性を考えたオリジナルの生地を豊島さんで編んでもらい、オリジナルのパターンを起こしました。綿の段階的からオリジナルで作っているんです。
松本:スマイルコットンの製造は協力会社さんにお願いしていますが、オリジナルの生地の開発は豊島が行っています。惠谷さんからも意見をいただきながら。
惠谷:またカップ付きキャミソールの編機はサントーニというイタリアのものを使っています。もともと靴下を編む機械で、縫い目がない成型という編み方ができるものです。この編機自体は、他のメーカーさんも使っていますが、カップもつけて作ってほしい、というのが私からお願いしたことです。カップ付きのキャミソール、いわゆるブラキャミは従来、胸が下がって見えたり、カッティングがキレイではないものが多かったんです。そこをどうしても変えていきたくて。
cohanは縫い目はなく、パットについている裏布はブラジャーのパターンで作っています。実はブラジャー専門のメーカーのブラジャーと、肌着メーカーのブラジャーでは形が全く違うんです。ブラジャー専門メーカーは、立体を組んでからそれを開いてパターンを作ります。一方の肌着メーカーは、平面でパターンを作ってから立体にするという作り方なんです。日本の下着メーカーは、後者が多いんですが、下着に関しては、ヨーロッパの歴史の方が長く、パターンが後というのが一般的。私の場合は、たまたまパリで仕事をしていたので、立体から作っていました。付けるとやっぱりキレイなんです。
作品ではなく商品。
より良いものをより多くの人へ。
―作り手の想いと売り手の想いは一致していたのでしょうか??
松本:商品に関しては、惠谷さんを信頼して一任しています。ただ、豊島として商品を作るにあたっては、ロットやコスト、在庫を考えた時に、色やサイズ展開はなるべく絞りたいという思いがあります。
一方で、惠谷さんの中には、ブランドとして表現したいカラーや、アイテムの特性上、サイズ展開もある程度欲しい、というリクエストもあって難しい部分でしたね。3色だけでは表現できない!って言われちゃいましたもんね。
惠谷:そうでしたね。私は世の中のトレンドリサーチの仕事もしているんですが、次はどんな色がくるということはわかっているんです。それなのにその色が出せないとか、サイズも3サイズ欲しいんだけど、販売上2サイズになってしまうとか、かなり悩みましたね。
作ってもらっている工場でも、ブラのカップ周りの縫い幅を4mmにしたいのに、ミシンの都合上6mmになってしまうと言われました。この2mmでよりキレイに見えるのに、と工場の担当の方と何度もやりとりしました。
私のブラジャーのパターンの師匠は、もともと船の設計士だった方なんです。船の設計では、細い線で引かないといけないところを太くしてしまうと、命に関わるんです。「あなたが引いているパターンは、ブラジャーの命に関わります」と言われたことがいつも頭にあって…。
ただ、パリで作っていたものはオートクチュールだったので作品なんですが、cohanは私の作品ではなく商品です。より多くの人の手に取ってもらえるような商品にすることも重要なポイントなので、工場とも話し合いを重ね、現在の形に着地しました。
松本:無理なお願いをしていたんですよね。ただ、いい商品であることには間違いないと思っています。下着なので、合う合わないの個人差が出るものですが、2回購入した方はかなりの高い率でリピートしています。つけ心地がいいんでしょうね。
惠谷:それは嬉しい!決して派手さはないけど、長く使っていただきたい商品なんです。使いすぎてくたびれちゃって…というまで使ってもらうことが、作り手としての何よりの喜びです。
とにかくカッティングには徹底的にこだわっていますから、着てみるとそのキレイさがわかっていただけるんじゃないかと。
松本:私もそう思いますね。着用した時にどれだけキレイに見えるかにこだわっていることが伝わります。
惠谷:個人的にデコルテのラインが大きく開いたものが好きで、つけて鏡を見た時にキレイだと嬉しいじゃないですか。今年、バックシャンタイプも出しましたが、背中が大きく開いた洋服がトレンドになるということがわかっていましたので、それに合わせて作りました。
一生使い続けたいと思ってもらえるファンを作り、
一人一人とつながっていける商品を作り続けたい。
―もう一つのブランド、ma.to.waについて、その立ち上げは?
松本:2015年の展示会で発表して、翌2016年に販売を開始しました。ただほとんど受注がなく、2年間は燻っていた感じでした。
素材は、平安時代から続く京都の老舗染物屋さんが開発したウォッシャブルシルク、いわゆる洗えるシルクです。それを使って何か作りたかったんです。cohanとほぼ同時期の立ち上げだったこともあって、自分達が自信を持てるクオリティの商品にしたいと思っていたんです。そこで惠谷さんに何か作れないかとお願いしたんですよね。
惠谷:そうそう、私もシルクで作りたいとずっと思っていたんです。しかも洗濯機で洗えるから、私のオリジンにもピッタリマッチ!そもそもシルクは値段の高い素材なので、最初はベージュ一色のみの展開でした。日本人の肌の色を300人分ほど調べて、白いシャツを着た時に透けにくいベージュ色にしました。本当に作りたい!と思っていたものができたんです。
松本さんと一緒にあちこちの小さな展示会に出しましたよね。前日の夜まで一緒に合わせるシャツにアイロンをかけて、商品を抱えて早朝から出かける。とっても懐かしいですね。
松本:青山のマンションで…。懐かしい。でもあれがあったから今があるんですよね。
惠谷:ちょうど表参道での展示会に「ほぼ日」の方が来ていて、大手百貨店で“白いシャツをめぐる旅”という企画展に使う、透けない下着を探していたと言われて扱ってもらうことに。そこから急伸でしたね。「つきのみせ」(※ほぼ日サイト内のコンテンツ)のバイヤーさんもma.to.waを扱いたいと言ってくださって販売できるようになったんです。
松本:デザインする上でのcohanとの違いはあるんでしょうか?
惠谷:シルクは動物性なので、その時に採った蚕によって糸の特性が違うんです。この商品はリブ編みですけど、生地になった状態での仕上がりの大きさがマチマチになってしまうんです。なので仕上がった生地幅に合わせて、毎回パターンを引き直しています。繊細な生地なので、裁断も縫製も大変で。全て手で裁断してもらっています。しかも薄くて重ねると重みで形が変わってしまうので、一枚一枚。
松本:糸自体も惠谷さんが絶賛する特徴があるんですよね。
惠谷:そうなんです。通常は、縫製の時に扱いやすいようにシルクの糸に樹脂でカバーリングをするんですが、ma.to.waはカバーリングをしていません。ですから肌に当たる部分は全てシルクです。もう一枚アミノ酸を体に纏っているのと同じなので、セカンドスキンですね。冬は暖かく、夏は涼しい。最高の素材です。
松本:逆にたくさん作れないという難点もあって…。売れて欲しいんですけど作れない。なかなかのジレンマです。
惠谷:確かにそうですね。ただ、私としては一枚を大事に長く使ってもらいたいんです。以前、この素材でメンズのボクサーブリーフも作っていたのですが、知り合いの男性のライターさんがボロボロになるまで履いていて、「これがないと暮らしていけない!」と言われたんです。これこれ、この言葉を聞きたかった!と膝を叩きました。
あと、シルクの良さは、コットンに比べて乾きが早いんです。洗濯機に入れて脱水後、ハンガーにかけて夕食に出かけて、帰ってきたら乾いていましたよね。
松本:そうそう。2時間ぐらいで乾く。出張の時に便利という声もあります。
惠谷:ちゃちゃっと洗って干して、またすぐ使う。ボロボロになるまで毎日使える下着。まさに私が目指しているものです。
惠谷:実は私の大親友が乳がんで他界しているんです。それ以来、肌にいいものしか作らないと決めています。乳がん用のブラを探している方から、シルクがとても良くて、これがないと生活できない。しかもカッティングがキレイで人生が変わった、と仰ってくださった方がいて、本当に嬉しかったです。
松本:そういう方がバックにいらっしゃると、ブランドって強くなるんですよ。
惠谷:価格は少し高いですが、3枚買うところを1枚にしても、体に優しいものを身につけて欲しいと思っているんです。そういう私のオリジンを豊島さんが実現してくれていることがありがたいです。
―今後の展開は?
松本:やはりビジネスとして成立させることが私の役目です。成立しなければ商品自体がなくなってしまいますからね。価格も数量的な問題も含めて、広くたくさんの方に届けられるとは思っていません。ただ届けた方には満足していただきたいですね。買ってよかったと心から思っていただきたい。それが一番です。やっていることは絶対に間違っていないという自信はありますから。
惠谷:私のオリジンである「こればかり着てしまう」というのは絶対的なもので、この先もぶれることはありません。コロナの影響もあって、随分ライフスタイルも価値観も変わってきたと思います。衣食住、全てにおいてバランスよくナチュラル志向の方が増えています。これからも “常備菜”のように、「これがないと困る!」というアンダーウェアを作っていきたいと思っています。とは言っても、おしゃれなカッティングであることも絶対譲りません!気づけばいつもクローゼットの一番前にあるものにしていきたいですね。豊島さんとならできると思っています。派手に新しいものをバンバン!というよりも、今あるものをより良いものへと進化させていく。それがこれからのビジョンですね。
もう一点、正直な物作りを続けていきたいということです。ヨーロッパに行くと必ず購入するランジェリーがあるんですが、ある時、価格を下げるためにゴムを変えていたんです。これくらい…と思っていたのかもしれませんけど、ファンにはちゃんとわかるんです。お店の人に伝えると、なぜわかったのかと驚いていました。こういうことをしてしまうとファンが離れるんです。
残念なことに、同じことをやっているメーカーは多いんです。だからこそ、私は正直な物作りを続けて、一生使い続けたい!と思ってもらえるファンを大事にしたいと思っています。
<惠谷太香子さん プロフィール>
女子美術短期大学卒業後、ブライダルファッションデザイナーの桂由美氏に師事。
その後フランス・パリのオペラ座衣裳室で修行後、肌着・下着のデザイナーとして独立。
現在は、自身でオートクチュールを発表するかたわら、豊島株式会社とともにcohanやma.to.waなどの企画・開発・デザインを手掛けている。